最新哲学の記事一覧

07/24

ホリデープログラムの生徒たち、みんな一生懸命に取り組んでいました。
特に後半の子たちは、息をつく暇なく説明をしまくる2時間だったので、授業が終わった後、ソファーに腰をかけてから、30分ぐらい放心状態になり、動けなくなります。
授業の後は、しばらく頭が回転しなくなるんですよ。
出し切ってるんですね。

生徒たちは各々充実した顔で帰っていきました。
それでも、僕はもっともっと教えるのがうまくなりたいんですよね。
圧倒的に上手に、圧倒的に楽しく数学を教える先生になりたいんです。
突き抜けた授業がいつもどんな時もできる先生でいたいんです。
まだまだ高いレベルの数学と算数のレベルの数学を教える力が足りない。
まだまだ成長のスピードが足りない!
だからこそ、そろそろ次の挑戦に向けて動くときなんじゃないかなって思っています。

もちろんIELTSもそうなのですが、深刻な数学の先生不足に悩むNZの教育委員会に駆け寄り、何とか僕の今のスコアーでこじ開ける方法がないかどうかを打診しようと思っています。
まぁ、一度しかない人生ですから、試してみる価値はあるかと。

実は、今までそこそこの人数の人から「そんなに世の中は甘くない」だとか「そこで先生として実力を示せる保証がどこにあるの?」とか「せいぜい頑張ってください」といった言葉をかけられてきた。もちろん、応援してくれる人のほうが僕の身の回りには多いんですよ。でも、そういった人の肩に手をかけて引きずり降ろそうとする声があったのも事実なんです。
大概そういった言葉を口にする人は、「昔やりたかったことがあったけど、うまくいかずに諦めた経験がある人」なんですよね。

今、僕が教員になるのを諦めたら、僕もそっち側に行ってしまいそうな気がする。
でも、僕は常にアホみたいな挑戦を必死にしている人を応援できる自分でありたい。
人生は一度きりなんだから。
やれることは全部やるし、途方もない挑戦にだって、熱い気持ちがそこにあるなら、喜んで立ち向かってやる。
失敗したって、自分の肥やしになっているし、いつかでっかいきれいな花を咲かせてみせます。

このブログを読んでくださっている方は、かなり僕の挑戦を好意的にとらえている人が多く、応援の言葉をよくかけていただきます。
そのたびに、このブログを書いていてよかったと思うと同時に、そういった人の心に少しでも熱いエネルギーが送れるように、絶対達成してやろう。という気持ちにもなる。

教員になるだけが僕のゴールではないので、これからはIELTSの試験や教員登録へ向けての活動とは別に、将来やりたいこと、こういう世界になってほしいと思う方向に世界が向かうように種まきを始めようと思っています。

30年後には、きっと僕が望んだ以上のきれいな花が開くはず。
人生は一度きり、やろうと思っている挑戦は、全部やってやろうと思います♪
その上で、少しでも進展があったり、面白い発見があったりしたら、変わらずここに記していこうと思います。



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07/11

今週、実は単身赴任生活をしています。
先日、嫁さんの叔父さんが亡くなりまして、月曜日に法事がありました。
でも、僕は月曜日からホリデープログラムがあるので、オークランドに1人で戻り
授業しています。

単身生活が決まった瞬間に、実は「あれもできる♪これもできる♪」なんて思っていたんんです。
でも、実際に単身生活が始まると、最初の1日は色々やったのですが、その次の日、その次の日と、だんだんホリデープログラム以外のことをする気力がなくなるんです。

いつもは、仕事から帰ってきて、息つく暇なく子供を迎えに行ったり、夕飯んを作ったり、授業をしたりしていたので、「もっと時間があったらなぁ。。。」なんて思っていたのですが・・・。

子供たちがいない家は、ガランとしているし、chromecastで、大音量で動画を見ていても、誰にも迷惑がかからない。
気を使わなくていいのは、果たしていいことなのか?
自分の嫁さんや娘たちに気を使う程度は、常にしていたいなぁってまだ三日しか経っていないのに思っています。

明日はホリデープログラム前半の部の最終日。
それが終わったら、飛行機でファーノースに向かい、家族と再開します。

ホリデープログラムも、おかげさまで充実した授業が今日はできましたし、明日もきっと良い授業になると思います。
後半の部に向けても、少しずつ準備も始めています。
しかし、それに付け加えて、英語の勉強だったり、走ったり、庭の芝刈りをしたり、家中掃除機かけたり、教育委員会に教員免許をくれないか交渉しようとして見たりなど、結構やりたいことがあったのに、何もやらずじまい。

時間がない方が、かえって色々できるんだなぁ・・・って思った今日この頃でした。


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06/03

今日はまるで日本の梅雨時期のように朝からずっと雨が降り注いでいる。
今週はクイーンズバースデーで月曜日が休みなので、3連休なのですが、この雨模様では何もできませんね。

嫁さん、娘たちは協会に行っています。
僕はというと、その間に家事をしたり英語の勉強したりしています。
先週はずっと凍り付くような寒さで、早朝のランニングもできず、日曜のこの時間に走ろうと思っていたのに、それもできそうもないですね。

そんな中、のんびりコーヒーを飲みながらぼんやり「自分の限界づけ」について考えていた。
自分の英語力からすれば、ずっと前に目標が達成できていても何もおかしくなかったと、数名の英語の先生から言われている。
自分の「限界づけ」によって、簡単に乗り越えられるハードルが、途方もなく分厚く高い壁に見えてしまう。

「人間は、自分の頭の中で繰り広げられる会話によって自分の人生を決定している。」
これは、最近では結構色々な分野で言われることですが、生徒たちを見てるとよくわかる。
同じクラスの中で、明らかに楽しそうにしている生徒と、明らかにイライラしている生徒がいる。
学んでいるものはすべて同じで、座っている環境もおんなじなのに・・・。
もののとらえ方ってよりも、頭の中で「楽しい」と認識すれば、楽しくなり、「つまんねぇ」っていえばつまんなくなる。

人間は、無意識に1日に6万回思考しているといいます。
そして、その思考が人生に対する臨場感を生み、その結果、脳がその臨場感を現実ととらえ、自分の人生を決定する。

とすると、自分の頭の中の会話を変えない限り、自分の人生は変わらないってことになる。
その原理からすると、自分の限界づけを行いそうな頭の中の会話を、生産的なものに変えることによって、限界づけを取り払うことができる。

実は先週の日曜日に、家族が協会に行っている間に、こんな実験をしました。

「俺は英文なんて読めるはずがない」と10回唱えてからIELTSの問題文を読む。
そうすると、文章が全く頭に入ってこないんです。
いやぁ、正直焦りました(汗)
NZに引っ越してきた時ぐらいの理解度に戻ってしまった自分に、かなり焦りを感じました。

そして、一度ネガティブな思考が染みつくと、それを取り払うのに苦労するものなので、今度は
「俺は簡単に英文がすらすら読め、その英文の情報をするする頭に入いれている。」とさっきより10回多く、20回唱えてから、同じ英文を読みました。

そうすると、同じ文章があっけないほどに簡単に読めることに気づいたんです。
しかも、これだけ読めるなら、問題も解いちゃおうって軽い気持ちで解いてみたら
13問中12問正解

「・・・こんなことだったのか・・・こんな簡単なことだったのか・・・」ってしばらく頭を抱えて下を向いてしまいました(笑)
こんな簡単な対処法にずっと気づかずに、ただまじめに一生懸命自分ができない部分を鍛えようと
「まだ足りない」「まだ十分じゃない」「現実はやっぱり甘くない」と唱え続けて勉強してきてここ5年・・・。
こんな簡単なこと、しかも生徒には日ごろから「お前はできる、だから自分はできるって言ってから勉強しろ」って言っているにもかかわらず・・・自分がやっていなかった・・・。
俺はいったい・・・

ってまぁ、深刻になるのはそこまでに。

結局、自分の大敵は「まじめにがんばること」なんですよ。
真面目になると、特に日本人は自分を責め始める。
そうすると、上に書いたようなネガティブな言葉がたくさん出てきて、限界づけてしまう。

「脱真面目ちゃん」。
これがここ1週間の自分自身への合言葉でした(笑)

さて、脱真面目を宣言したところで、英文を二回目に読む前に唱えた言葉
「俺は簡単に英文がすらすら読め、その英文の情報をするする頭に入いれている。」
これは、いろんなところから集めた情報をもとに作り上げた文章なんです。
いくつかポイントがあるんですよね。

まず、こういう言葉を作るときは、まず、否定文は絶対に入れない。
「遅刻しない!」って目標を立てる生徒は、だいたい遅刻します(笑)
これは、この言葉からは、遅刻するイメージが鮮明に浮き上がってしまうからなんですよね。
なので、日本で担任をしているときは、僕のクラスでは、目標設定に否定文は禁止していました。
この場合だったら
「時間通りに学校へ登校する」と書き換えさせます。

で、もっとパワフルに脳にダイレクトに言葉を響かせたいなら「臨場感」を出す言葉を選ぶこと。
これを考えると、イメージしやすく、自分が発信元である目標を強く意識できるように、
「すらすら」や「するする」という言葉を使ったり、「私は・僕は・俺は」などの一人称を主語に置くことが重要。

あと、臨場感をもっと増すためには、現在進行形というか、自分が現在それができていると脳が認識してしまうような時制を使って文章を作る必要があります。

しばらく、こういった言葉をたくさん書き出して、何度も復唱して、自分の英語力にどう反映されるか、今回のブログに書いたように記録していこうと思います。


言霊とはよく言ったもんですね。
いやぁ、やっぱり言葉は大切だ。


※そろそろホリデープログラムの計画を立てようと思っています。次回のブログでは、第2タームと第3タームの間のホリデーで行うプログラムについての詳細を書こうと思っています。




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05/21

一時期は、問題なくスイスイ読めていた英文が、最近頭に入らなくなった。
英語環境で仕事している自分にとって、これでは困るんですよね。

ふと自分を観察すると、話したり聞いたりは、全く問題なくできるんですが、やっぱり書いたり読んだりしているときに、自信がないんですよね。というよりも、最近自信を失ってしまったように思えます。

心技体のバランスを維持するために、しっかり運動もしている。
でも、崩れる時は崩れるんですよね。

いわゆるスランプですね。
今までの人生の経験から判断すると、自分は一度スランプに陥ると、出るのに時間がかかる。
でも、自分もここ半年ぐらいですごく成長し、自分の内面の見つめ方をたくさん学んでいる。
そこで自分を観察したものをここに記そうと思う。

①真面目になってしまっている。
スランプは、根性では脱出できない。でも、真面目に考えると、たくさん読んでスランプから脱しようとする。
たくさん練習して脱出できるスランプであれば、それは最初から大したものではない。
実は、遊び心を持たない心の持ち方では、柔軟な考えが失われ、脳の可動域が少なくなり、パフォーマンスが落ちる。
その状態でもっと練習をして自分を追い込めば、悪い方向にしか行かない→やがて鬱になる。

②頭の中での会話がネガティブなものになっている。
「どうせ○○だ」といった、自分の世界の限界づけを行うような思考が駆け巡る回数が増える。
「現実をみなさい」という言葉が自分の力を限界づけている。


この二つの問題点に対しての対策がこれ。

①への対策。
・高田純次の動画をたくさん見る。
彼の適当な発言からは、遊び心しか感じられない。
除夜の鐘がなり、年が明けてすぐの放送で
「みなさんあけましておめでとうございます!今年も残すところ、364日と23時間ちょっとになりました。」っていいながら、誰も彼に突っ込まないまんまインタビューに向かったりする(笑)常にこうありたいもんだ。
・目の前に広がる残念な出来事が起こるたびに「面白くなってきた」と唱える癖をつける。
絶望していたもののすべてが難問のパズルみたいに楽しく感じられる。

②への対策。
・言葉を無理やり唱える。
仏教でお経を唱えたりするのも、キリスト教で聖書を読むのも、とにかく前向きでパワフルな言葉を外から入れることにより、思考をポジティブなものに変えてきているという人類の歴史から学ぶべきだ。
寝る前と、起きてからすぐに唱える言葉を決めて、しばらくアホみたいに復唱していこうと思う。


えぇ、すべては遊び心を持って♪




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05/05

もしもですよ、僕らが生きている地球に意思があったとしましょう。

地球は何億年もかけて自分を存続可能な生命体となるようにシステムを構築したことになる。
一生懸命いろんな工夫をして。
海と山と森と。
でも、それだけでは環境は維持できないので、循環できるように動物を作った。

動物も、一部で偏りが見られるから、人間に知能を与え、動物がすみやすい気温の陸地に、人間をまんべんなく移動させ、作物を作ったり、狩りをさせたりして、その土地を豊かにした。

しかし、本来地球にとってプラスになるために生み出した人間が、地球が一生懸命何億年も使って作り出してきた存続可能になるためのシステムを壊し始めた。

人間が開発したお金というシステムにより、人間は「目先の利益」というものに価値を見出し始め、それがすべてだと思い始めた。
人工的にいろんなものを作り上げ、必要がなくなったら海に投げ捨てた。
何百年と消えることなく海に浮かび続けるごみが、地球の大部分を覆う海の生態系を壊し始めた。
何百年もかけて育てた森が、30年程度しか住むことができない人間が住む家を作るために失われた。
また、人間の知力が生んだ原子力も、何百年もたたないと処理しきれないごみを生み出している。

人間に置き換えたらどうだろう?
人間の体内には、人間の体調を整える善玉菌とか、逆にばい菌をやっつける抗体とかがあったりする。
菌は菌でも、体調を崩す悪玉菌もいるし、抗体も一つ間違えれば、僕が患ったギランバレー症候群のように、体をただの肉と骨の塊に変えてしまう。

体でもそうなんだけど、善玉菌を増やすのには、悪玉菌を増やすより、ずっと頭を使い、ずっと努力が必要な場合がほとんどですよね。
もし、皮膚がんが見つかったら、その部分を摘出するかのように、問題の個所を無理やり取り除くのも改善の方法の一つとして考えられます。

この二点を考えたときに、やっぱり地球もそうなのかなぁ・・・って思ったりしているんです。

なんで地球の未来を考えて木を植えたりしている人がボランティアで、資源をごみに近いものに変え、それを安く多く売っている業者に利益が出るのか?
こう考えたくはないと思ってしまうけど、それでも地震や天候の災害は、地球の自浄作用なのかもしれない。

でも、僕たちは知能があり、意思がある。
善玉菌や悪玉菌とは違う。
そして、僕らは地球に住んでいることに恩恵を常に感じている。

買い物は投票って、最近いろんなところで言われています。
自分が好きなもの気に入ったものを買うと、それを作った企業の収入になり、その企業はもっとその商品を作って売ることになり、そうなると、大量消費が見込め、値段が下がっていく。
もちろん、本物の投票と一緒で、1票の重みは、それ以上でもそれ以下でもないのと同じですが。

こう考えると、ちょっと高くても、ちゃんと地球のことを考えて作っている商品を買っていこうって思えますよね。
地球を大事に思う自分が、地球を大事に思う人たちの活動を支えないのではどうしようもない。

実は、数学の教員としてだけでなく、僕は教育者として、世界に違いを作ろうと考えています。
これは自分が24歳の時に考え付いたことで、英語圏で数学の先生になることは、その中の一つのステップなんです。
僕には、環境問題を改善するための商品を開発したりする力はない。
でも、教育が持つ力で、無駄な争いを減らしたり、大事な部分をもっとしっかり子供たちの目に映すことは可能だと強く信じています。
そのうえで、文化交流ももちろん、数学教育もこれから僕の活動を支えてくれる重要なカギになると僕は考えています。

数学は神様からのメッセージを読み解く道具である。って言った数学者がどこかにいました(誰だったかは忘れました)。

そのメッセージを出している、人間が神様だと思っている存在は、実は地球だった・・・なんて考えたり・・・。
えぇ、先日作ったビールの味見が少し過ぎましたね(笑)
朝早起きして10km走ったのも手伝って、いい気持に酔っぱらっています。
今日はこんなところで寝ようと思います(^^)


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