最新哲学の記事一覧

02/11

昔は、言語にたけている人は、簡単にIELTSに通ってうらやましい!
自分は英語に向いていないんだ・・・なんて落ち込んでいたことがあります。
まぁ、向き不向きは確かにあると思います。
人間って、なんでもオールマイティにこなせるほどみんなにたくさん時間があるわけではないので、育った家庭で偏りがあり、それが特性となって出てきたりもするでしょうし、生い立ちの健康状態ともリンクしたりするんでしょうね。
ただ、最近脳科学の勉強をすればするほど、実はその言語に向いている人とそうでない人の差は実はほとんどないんだってことに気づいたんです。
つまり、脳の状態がリラックスして取り組めている人は、いい結果を残し、そうでない人はそうでない結果が出るように仕組まれているということを知ってしまってから、さらに脳科学に夢中になっています。

でも、こうやっていろんなことを勉強しようと思ったのも、IELTSの壁にぶつかっているからで、自分がほかの人たちと同じように勉強してだめだったのであれば、もっと掘り下げて、なんで自分がうまくいかなかったを分析しようとして、脳科学の勉強をし始めることになった。
これが、実は自分が教えている時にすごく使えるんです。
生徒に見違えるような差を生み、それが手に取るようにわかるぐらいはっきりと結果になって出ているんです。
これは一石二鳥!って思ったけど、これを英語で勉強すれば一石三鳥だ!と思い、ごっそり脳科学の本を図書館で借りてきました。
4週間の間に何冊読めるかが勝負ですね。読書は日本語でもそんなにたくさんするほうではないので・・・とにかく頑張ります(^^;)


と前置きはここまでにしておいて、タイトルの部分なのですが、人ってどうしても結果、成果にとらわれて生きるところがありますよね。
僕も結局は結果を残さないと何も言えない。そう思っていました。
ただ、ここのところで、その考え方が根底から変わったんです。
IELTSと向き合う中で、自分の限界がどこにあるかを知り、自分の限界の突破の方法を見つけたんです。
心理学や、脳科学、潜在意識、自己啓発、この辺りをここ3か月で読んだり聞いたり見たりして、かなり学びました。
その結果、IELTSのテストでうまくいかなくても、さして落ち込まず、すぐに勉強に取り掛かれる精神力を手に入れました。
自分の精神面の成長に自分ですごく驚いています。

そして気づいたんです。
どうしてもなかなか越えられない壁が目の前にあると、人間は進化し続けられることに。

サッカー日本代表の本田圭佑選手は、世界トップのサッカークラブでエースナンバー10背負うことを夢として、そこに向かって一生懸命向かっていました。
前回大敗したワールドカップでも、優勝を目標にひたすら努力していました。

結果だけ見たら、成し遂げていないんですが、彼を見てみると、彼自身に恐ろしいほどの成長があったことがわかります。
彼は、日本のJリーグのユースチームにも合格できなかったほど、最初は決して目を見張るような選手だったわけではなく、今でも世界超一流選手と比べれば、スピードや細かいテクニックなどは劣ります。ただ、そのトップレベルにたどり着こうと、彼は短所を鍛え上げ、長所をさらに伸ばした。
結果的に、レアルマドリードほどではないにしても、超ビッククラブのACミランの10番を背負ってプレーした。
メキシコリーグに主戦場を移してからも、まだまだ進化を続けています。
このひたむきに成長しようと頑張り続けているのは、間違いなく「むちゃなゴール設定」ができたからだと思う。

僕のIELTSのゴール設定なんて、実はたいしたことないんですけど、高校時代、英語の単位を落として留年しそうだった僕からすると、結構な無茶なんですよね。
それも、何年もかけてなんとか「もういけるな」ってところまで来ました。
無茶なチャレンジを真面目にしてきたからこそ、自分の成長が手に取るようにわかるほど成長したのかなって思っています。

もう手の届きそうなところにいるゴールを大きな目標として掲げ続けるのもなんなので、これから先は、もう少し大それた目標を立てようと思います。
それがこれです。

「これから30年の間に、世界の数学教育に大きな違いを生む」

これに向かって、僕もたくさん勉強してたくさん成長していこうと思います♪

むちゃな目標には、ちょっと条件があります。
それに向かって、自分の気持ちの奥底のほうが動き出しそうな雰囲気がある目標にするべきです。
例えば、僕が「一流の翻訳者になる」って目標を掲げても、それは何の意味もありません。
僕は翻訳者になることに興味がないので、その目標はただの意味を持たない言葉に過ぎないということになります。
また、これは公言しないと意味がないんです。
公言しなかったら、心の中でひっそり「あぁ、無理だな」って言いながら消えて行ってしまい、自分が成長する前に目標が消え去ってしまうので。
あと、公言したからには、本気で達成しようとしましょう。そうでなければ、これもまた自分の成長に全くつながらないので。

みなさんも、どうでしょう?でっかい無茶な目標、公言しませんか?
僕はやりますよ!もっと勉強して、もっと素敵な数学の教授法を見つけて、世界に違いを作ろうと思います!



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01/09

ふと覚書のように、ブログに記しておきたくなったので、書こうと思う。

去年姉を亡くしてから、今日でちょうど4か月が経った。
日に日に悲しさからくる辛さが薄れていくのと同時に、妙な感覚を覚える。
悲しさの代わりに得ているもののような感じ。

これが「つながっている」という感覚なんです。

姉と繋がっている気がする、と言えば簡単に理解できるかもしれないのですが、もっと言うと、世の中は生きている人、亡くなった人、動物も植物も、全部つながっているんじゃないか?っていう感覚があるんです。

日本から帰国して、1週間ぐらいたった後、娘の保育園に行った。
その時に、長女がその保育園にいたときに、面倒を見てくれたインド人の先生がいた。
その先生は、出産したばかりで、産休中。
たまたまあいさつしに来たところで出会えた。

実はそのインド人の先生、娘が最初にいた保育園で、一番人気のあった先生でした。しかも、長女の担当の先生だった。
その先生がホリデーでいなかったときに、園でトラブルが発生し信頼を失い、園を変えることになったのだが、僕らはその先生が好きだった。
そして、その先生も実はその後すぐにそこを辞めて、今の保育園に職場を変え、娘と再会を果たしたのです。
すごい偶然。娘と二人で喜んでいたのを思い出します。

その先生とちょっと立ち話をした。
どうやら僕の姉のことを、ほかの先生方から聞いていたようで、僕を慰めてくれました。
「私も姉弟を失ったことがあるからわかる。こればっかりは、想像だにしなかったことだから、本当につらい。でもね、私は強く信じてるの。そこらへんにまだいるんだって。私たちが見えていないだけなんだって。」と。

インドって、僕らと全く違った環境で、そこで育った人もそういったように感じるんだなぁって思った記憶がある。

「量子力学においては、この世のすべては反応であり、宇宙の端っこでAという反応が起きたら、それと同時にそれに対応したBという反応が宇宙の逆の端っこでも起きることになる」という講義を、頭を混乱させながらネットで聞いた。
僕らの人生も、地球で起こることも全部つながっているんだよね。
数学でいう関数みたいなもんだね。

人間がごみを変なところに捨てれば、環境は破壊され、しっぺ返しを食らう。
つながっていると考えれば、ごみを捨てる前に気づいただろうにね。

僕が今、環境に悪いこと、もしくは社会にとって良くないことをすれば、それは巡り巡って誰かのもとに悪影響として現れる。
よいことをすれば、巡り巡ってよい影響を与える。
それが、自分の家族にかもしれない、生徒にかもしれない。
そう考えると、今までよりもずっと、自分の行いに気を使わなければならないと感じる。

数学は世界共通のツールである。
お金は、世界どこでも価値を共有できるツールである。
インターネットは、世の中の端っこと端っこをつなぐことができるツールである。

先人は船を使って命の危険を冒しても海を渡り、世界をつなげた。
今では飛行機で一般人も行き来できる世の中になっている。

どうも「全人類がつながる=人類の進化」というコンセプトが、人間が技術を進歩させている裏にある気がするんですよね。

翻訳者の嫁さんがいたり、数学の先生として数学を教えたり学んだりしていたり。
自分はそのつながりをもっと広げる、もっと強くする役割を担っているのかなぁって思ったりする。

自分が最近、環境問題とか、お金の流れ方とかに興味を持っているのも、そういった「つながっている」という感覚の分析をしたいからなんですよね。この感覚を大事にすると、何かたくさん面白い発見ができそうな気がするんですよね・・・そう姉が教えてくれている気がします。

しんみりとした日記もたまにはいいじゃないねぇ、おねぇちゃん。


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12/17

自分はこの世の中に何を残せるのか。

最近、家庭菜園で、土をいじりながら思う。

数学が担っている力は、たぶん一般の人が思うよりかなり重要だということ。
ここで強調したい点は、数学を仕事で使わない人にとっても、つまり万人にとって重要だということなんです。

例えば、方程式で言うと、小学校の演算を延長させたもの。
ただ、新たなコンセプトを学んだり、計算方法を学んだりする。
そこから、連立方程式、二次方程式、高次方程式、大学では無限次元方程式まで・・・もうそれが何だったか覚えていないけど(笑)
これらの複雑な計算を素早く理解し使いこなせるようになる力というのは、社会において新たな仕事をできるだけ理解し覚え、一端として仕事ができるようになる部分と一緒なんですよね。
自分がどうすれば仕事を早く覚えられるのか、どう脳を使えば効率的にものを学びその知識を実践で使える力に変えるのか。

これは、数学で身に付けさせる「知識・理解」と「表現・処理」のカテゴリーに当てはまります。

次は、「数学的見方・考え方」。
ホリデープログラムを実施するにあたり、どう運営すればいいのか、どうすればいい授業が提供できるのかなど、今まで運営側に携わってこなかった分、どうすればいいのかが全く分からなかった。
もちろん、人に聞くのもありだとは思うんだけど、僕と同じ考えを持った数学の先生で、ぼくみたいにNZで数学教育をする先駆者がいない。つまり、こうやればいいっていう線路がないんです。
なので、今でも手探り状態で、色んな人に部分的に助言をいただきながら、それらを頭の中でつなげて一つの結論に結び付け、実施するに至ったんです。やっぱりここで数学で学んだ、色んなことを理論的に考える力、色んな技術をつなぎ合わせて正解を導く力が、すごく役に立っているんですよね。
つまり、この数学的見方・考え方で付く力は、創造力とも言い換えられると思う。

こうやって社会に役に立てる力を育てている、と考えると、種の植え方も変わってくる。
やっぱり受験に勝つための受験テクニックを教えるだけでは、結局は本当の数学の持つ力を生徒に植え付けることができない。

受験は過程であり、ゴールではないんですよね。
どちらかというと、数学を学ぶことのゴールは、社会で生きる力を身に付けること。
ハード面でいえば、買い物で使える四則演算や、いろいろな職業で使われる数学の知識。
そして、ソフト面でいえば、上記の2点だと思う。

ハード面とソフト面で、数学は役に立つ。
ハード面を強調する数学の先生がとても多いことは周知のことなんですが、僕はそのソフト面を重視する先生なんですよね。
心の強さも、数学で磨けるんです。
あほか!って突っ込みたくなるほど長い計算を、何度も計算間違いしながら、なんとか最後には正解にたどり着く。
紙とペンだけでできる精神修行ですよ(笑)

数学に育てられた部分が僕にはたくさんある。
その経験から、生徒にもっともっと効果的に数学の素晴らしい種を撒いていこう。
どういうわけか、今も昔も、僕のところに集まる生徒は、みんな心が優しい生徒ばかり。
こういう生徒に、数学の持つ大事な力をつけていってほしい。

明日はホリデープログラム後期。
またまた気合入ってます!
どんな豆を撒こうかなぁ♪




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努力不要論。

カテゴリ:哲学

11/19

うつくしいものを美しいと思える あなたのこころがうつくしい
(相田みつを)

NZ人の嫁さんが日本に来たときは、納豆が嫌いだった。
でも、僕らがうめぇうめぇ!って言いながら食べている姿を見て
「絶対おいしいと感じるポイントがあるはず」と言って、目をつぶっていろいろ考えながら、もう一度納豆を食べたら、そのおいしさに気づいた。
それ以来嫁さんは納豆が大好きです。

嫁さんに関してのもう一つのエピソードをここで。
NZでは、セミの音、鈴虫の音は、騒音雑音としてとらえられることが多いです。
でも、日本人にとっては、鳥のさえずりと同じように、季節を表す気持ちのいいものですよね。

僕は、香川県で教員をしていました。
また、嫁さんは、香川県の高校で英語の補助教員をしていました。
ある残暑が厳しかった日の夕暮れの田んぼ道を二人で歩いていると、鈴虫の大合唱が始まった。
ものすごい音量。
僕は鈴虫のジャグジー風呂に入っているかのような、ものすごく心地いい感覚を覚えた。
ドラゴンボール風に言うと、メディカルマシーンに入っているかのような感覚
めでぃかるましーん

そんな僕を見て、嫁さんは
「これを騒音としてとらえるよりも、美しいものとしてとらえた方が、人生は100倍楽しくなるはず」
って言って、また目を閉じて集中して、虫の音を美しいと感じる感覚を探しはじめた。

何が言いたいかというと、嫁さんは、とっても僕のことが好きなんです
「苦痛を伴う努力をしなくていい技術」を使っていたんです。

納豆を無理やり食べたら、そりゃ苦痛ですし、体にいいからおいしくなくても食べなければならない苦痛ですよね。
でも、それがおいしいと感じられたら、そんなに幸せなことはない。

虫の音も「うるさい」と思って我慢してるよりも「美しい虫の音」としてとらえた方が、ストレスも少ないし、むしろ癒される。

脳科学の研究をしている人がこんなことを言っていました。
運がいい人と運が悪い人、実は数学的にはそんな差は存在しないんですね。
運がいい人と悪い人の差は、とらえ方なんですよね。

雨が降ってる自然現象を、運がいいととらえられる人と、運が悪いととらえられる人の差なんです、と言っていました。

そしてもう一つ超重要なことを言っていました。

「日本人の脳は不安を感じやすい作りになっている。」

ということです。

不安を消すために努力をひたすら続ける。
でも、これって、全く勉強していなかった人間が勉強をしっかりして自信をつける場合には有効でも、一生懸命やってきた人間には逆効果、間違った方法だそうです。
僕は人にものすごい努力を強いることはしませんが、自分にはいつも努力が足りないと言い聞かせてきたところがあります。
通りでIELTSのスコアが伸びなかったわけだ・・・。

僕自身も、海外に出てから、今まで僕も実践してきた根性論、努力論に疑問を感じるようになりました。
これらは全部、教育ではだめとされる結果論ありきのテクノロジーなんです。
不安に感じやすい日本人は、確かに根性、努力で安心を求める傾向にあるけど、逆に、それらがあれば何でもできると思い込んでいる側面もある。
それが危険なんだってこと。
日本人の自殺者の多くの人の理由がそこにあるんじゃないかと思うんです。

僕は根性論、努力論はそんなに完成された、絶対的なものではない、とここのところでやっと理解しました。

人間って、今を生きているんです。
結果じゃないんです。
つまり、努力も楽しくないと、現時点では人生を楽しめていない。
努力も楽しめるようにするべきなんですよね。
つまり、努力と呼ばなくていい形にするのが、一番いい教育の仕方なんじゃないかなぁって思うんです。

そりゃ歯の治療とかは別ですよ。
ちょっと苦痛を我慢しないと楽になりませんから(笑)
ただ、痛いのが好きな人の気持ちが分かったら、それも努力と思わず済むのかも(笑)

ということで、僕もIELTSの勉強を、ずっと苦行だと思ってやってきましたが、楽しくできる方法を見出して、残りの3週間、みっちり勉強したいと思います♪

あ、ちなみに、バナナを食べると、不安になる気持ちが抑えられるみたいですよ!
今日から毎日バナナ食べまーす!

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11/13

人間は、過去を未来に詰めて生きている。
たいむましん
そんなことが書いてある自己啓発本がありました。

これには納得。
確かにその通り、人間は過去の出来事を未来に詰めて生きているんです。
特に失敗において、ネガティブな部分において、人間は過去に起きたことがあたかもまた未来に起こるかのように感じているんです。
人間って、もともと生存するために、過去にあった痛い思い出を繰り返さないよう、そういう風にプログラミングされている。
そういう理論です。


僕も、IELTSのリーディングに関しては、完全に過去の失敗を未来に詰め込んで生きていました。
失敗するたびに「僕にはどうあがいても無理なんだ」という会話。

プレテストでちょっと失敗→すぐに正解率を導き出す→目標点に至らないことを自覚する→結局できないんだという思考

このマインドセットが僕にはあるんですよね。
この頭の中の会話を止めるために、毎日精神訓練をしています。
勉強ももちろんしているのですが、試験監督の時間など、ぼーっとする時間があったら、いつも自分の内面を見つめています。

僕の経験から行くと、トラウマを打ち破るためには根性論系はご法度。
もっとトラウマを深く強くするだけです。
つまり、考え方やとらえ方をシフトして、今までつらいと思っていたことをつらいと思わないですむ物事のとらえ方をすればいい。

そう考えると、自然に今現在の在り方が変わってくる。

僕が教員時代、保護者会の時に必ず言うことが

BE DO HAVEの原理です。
あり方が行動を生み出し、その行動が結果と結びつく。
人間は、結果だけを見て人を叱ったりする。
でも、それじゃぁ何の改善にもならないんですよね。

結局「あり方」を変えないと、何にも解決しないんですよね。

その在り方のシフトに僕はいつも焦点を当てている。
宿題がめんどくさいからやらない生徒たちがいたとしたら、めんどくさいと感じない心の持ち方だったり、方法だったりを考える。
例えば、僕も一緒になって、宿題の一部を昼休みに一緒に楽しげにやってみることや、宿題をやることの価値をしっかり生徒に理解させるなど、いろんな方法で宿題の提出率を上げる方法がある。
一方的に「宿題を出してないから出しなさい!」というのは、結果を責めているだけなので、根本的な解決にはなっていないんですよね。

今回の僕の場合も、自分で「点数が取れていない自分」を責めていたわけです。
これじゃぁ解決しないよね。
でも、新たな勉強法を試してからは、そのスパイラルにはまることはなくなった。
心の持ち方が違うからなんですよね。

みるみる力がついているのが分かります。
ただ、こればっかしは、結果が出ないと説得力がないので、結果が出たらこの勉強法を公開したいと思います。
あと3週間ちょっと。
IELTSに悩める方々、楽しみにしていてくださいね♪

☆今日の畑☆
なんと、熟して赤くなりかけていた苺が、全部取りに食べられてしまった・・・くやしい。
来週末に、鳥よけネットを作成する予定。
何としても僕のフルーツを守らねば!



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