最新勉強の記事一覧

07/06

最近いろいろ感じることがあるんですよね。
NZの高校の先生方は、当たり前ですが普通に数学ができるんです。
もちろん教えているうちに学ぶのかもしれませんが、受験数学を経ることなく、これだけ数学の力が付けられるわけなんですよね。

僕らが、ひーひー言いながら身に付けている計算力なんですが、因数分解の計算をすごいスピードですごく正確にできる力、これは日本の教育ではすごく重要とされます。いざ受験の時に、その1問が合否の分かれ道だったりしますから。
でも、NZでは、そんなに生徒を追い込むことなくみんな勉強して、できる子はできるようになっている。

もちろん、できない子に対しての追い込みは必要だと思うのですが、受験のプレッシャーがないところで楽しく数学を学べることが、やっぱりベストなんだろうなぁ・・・って最近思うんですよね。数学の力がどう生きるかってのは、やっぱり受験でどれだけ点数が取れたかではなく、普段の数学の授業で、どれだけ教員が子供の頭で考えさせたがで決まるんじゃないかと思うんです。

例えば連立方程式の解き方を教えるときに、手っ取り早く解き方を教えるなら
3x+4y=5
2x-y=3
と例題を用意して、ちゃっちゃとシンプルに教えればいい。

でも、やり方を教わってできるようになる力って、受験に必要なだけで、人生において役に立つ数学的見方考え方は全く育たない気がするんですよね。

だから、やっぱり教科書の導入のような
消しゴム2個と鉛筆5本で150円、消しゴム1戸と鉛筆2本で70円でした。
それぞれの値段を求めなさい。ってアプローチから
2x+5y=150
x+2y=70

学校では、導入にこういうものを考えさせるに至るわけで、この経路が最近非常に重要だと痛感するんですよね。

でもですね、やっぱり受験に勝てないと、一般的にはいい授業をしていることにはならないんですよね。
ところが、この変化の激しい最近の世の中では、これからの社会に役に立つような力って、教わったことをひたすら練習してできるようになる力よりも、自分で考えて解決する力なんですよね。(※もちろん、教わったことをひたすら練習してできる力も重要ですよ!でも、比重としてはってことです。)
決して今の日本の学校教育の数学が悪いとは思わないし、むしろものすごい優れたものだと思う。
でも、受験だけに照準を合わせて授業をすることの方が重要とされる風潮はまだまだある。
保護者の立場から言ったら、やっぱり受験に勝てないと・・・と思うでしょうけど、最近は高学歴だけではうまくいかない世の中の傾向が目立ちます。世界の動きを見ていると、本当に受験に勝つだけで生徒たちの将来が明るくなるかどうかを見定める時期に来ていると断言できます。

多少時間がかかろうが、考えさせる授業、生徒の意見を引き出せる授業をする先生がいい先生だと、もっと一般的に認識してもらいたい。
まぁ、日本の国民性から言って、受験で一生懸命頑張ることってのも、人格形成にとっても役に立つし、お尻を叩かれてやっと勉強し始めて初めて数学の面白さに気づく生徒もいるので、ひとくくりに受験数学が悪いとはいわないし、思いもしないけど、学校教育で教えている数学の先生方は、引き続き考えさせる授業を続けていかないと、受験志向に傾いた授業を学校でしていると、日本の未来は危ういなって感じます。

ブログのタイトルを、数学の先生としてのタイトルにしているので、たまには数学のことについて語ってみようかなぁって思って書いてみました。たぶん、もしこれが本当にたくさんの人の目に触れたら、きっと批判も来るでしょうが、もう僕もそろそろベテランで経験豊かな教員のカテゴリーに分類されるころですし、特に教育・数学に関しては思ったことを世の中に発信していこうと思っています。
せっかく普通はできない経験をさせてもらっているので、世の中に還元していかないといけませんよね。

※塾はもともと学校とは存在主旨が異なるので、ここでは塾を議論の対象とはしないことにします。


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09/22

NZの高校生で、大学等に入学したい人には、大学の入学資格を得るためにクレジットというものが必要です。
そのクレジットは、NCEAと呼ばれる試験をクリアするともらえます。
僕も、プライベートで数学を教えながらNCEAの対策を練ったりしているのですが、数学に出てくる英語って、やっぱり独特で難しい。
さすがに僕は数学ばっかりやっているので、文章が多少わからなくても、問われていることは数式やポイントになる用語さえわかってしまえば解けてしまうんですが、生徒にその状態で教えるわけにはいかないので、一生懸命英文を読み解いてから生徒に教えます。
その英文読解が、自分の読解力向上に割と役に立っているなぁって最近思うんです。

最近は、もっぱらIELTSの参考書と、このかた→英語達人への道のブログよ読んで英語を勉強しているのですが

数学に関する英語を学ぶときは、僕はなぜか積極的になれるんです。
昨日、perpendicularという単語が現地校の授業に出てきて、全くその単語の意味を知らなかったので、完全に泡食ったのですが、その後その単語について先生方に聞きまくって覚えてしまいました。
垂直に交わっている直線の位置関係のことらしいです。

興味のあるものに対しては、やはり脳は自然に働くものですね。
すぐに覚えてしまいましたよ。

そんな時にこんな記事を読みました。
NZ Herald Focus host Tristram Clayton attempts the NCEA maths exam that left students in tears

今回行われた高校1年生のNCEAの数学が難しすぎるという話題です。
テストが難しすぎてニュースになるってのは、すごいなぁって思いましたよ。
確かに、僕が受験を意識しているときは「今年のセンター試験はすごく難しかった!」とか、予備校の先生が問題の質が悪いってクレームをつけたりしてたことはありましたが・・・。
このニュースのように、実際ニュースキャスターの人が解いて見せるって言うのがKIWIっぽくていいですね(笑)
しかも、2問は正解してたよって最後に言われるあたりも(笑)

ちなみに、僕も解いてみたのですが、僕はNZの数学に関していうと、まだビギナーなので、昨年度より今年度のほうがはるかに難しい、という気持ちがよく分からない、というのが本音ですかね。
特に難易度が異常に高いとは思わないですし、たぶん補習校に通っていた生徒で、数学が得意な生徒はみんな難なくクリアするだろうなぁって思いながら解いていました。

でも、僕思うんです。
ここで「今年の問題が難しすぎるよ!」と先生方が叫ぶよりも、NZの数学教育全体の見直しをしたほうがいいと。
NZの数学は、NCEAのレベルになると、数学としての質がぐっと上がり、数学としての学問としては面白くなるんです。
でも、その半面、内容は難しくなります。
それまでのステップがのんびり過ぎるところから、本物の数学に一気に加速するので、学ぶ側としてはたまりません。
(まるでlogのグラフのように)ある一定のところから異常なほど難易度が急激に上がるんです。
そこでみんな挫折してしまうわけですよね。
日本でも、高校2年生から急に難しくなるような気はしますが、NZの数学のそれと比べると優しいものです。

僕の感じたNZの数学教育の問題点を2つここに書いておこうと思います。
結構な辛口で書きます。
きっと賛否はあると思いますが、これは僕が日本とNZ、そして補習校での数学教育を経験してきた中で感じたことで、それを包み隠さず書いてみようと思います。
NZで子育てをしている人は、ぜひ参考にしてください。

①国が立てているカリキュラムが、明確でないこと、また、成長段階に見合ったカリキュラムではない。
ナショナルスタンダードというものがどの教科にも存在して、それに対して生徒がそれを満たしているかどうかが成績をつける基準になるのですが、その枠組みがふわっとしているのと、具体的に成長段階に見合った「こういう問題を解けるようにしてね」という明確な注文がないこと。もしかしたら、僕が知らないだけで、そういったものがあるのかもしれないけど、少なくとも先生方はそれを把握していない。もっというと、そのあたりの先生方の評価に対する感覚が一人ひとり違ったりします。

日本でいえば「あぁ、分数ね、これなら○年生からはじまりますよ。これに関しては、大体これだけの練習をすれば大体の子が習得できます」とか、小学校の先生だったら誰でも知ってます。
そういった共通した判断基準がNZではあいまいであることで、生徒自身が「俺、この年なら九九ぐらいできてないとやべぇなぁ。」って認識することすらできないままズルズル学年が上がっていってしまうんです。
また、成長段階に見合った数学の難易度を提供できていない現状から、できる子はつまらない復習を強いられ、できない子には「またおんなじことやんのかよ」という印象を与える。先生方はグループ学習で一生懸命対応していますが、現状機能していません。
これに関して、僕は先生が悪いとは思いません。僕の働いている現地の先生も、日本の先生と同じように、みんな一生懸命取り組んでいます。彼ら彼女らの仕事に対する姿勢に問題はないと僕は思っています。
要は数学教育のシステム自体に大きな欠陥があると思っています。



②数の計算の方法に凝りすぎ。
NZには、Numeracy Projectというものがあり、四則演算をいろんな角度で見て、効率よく計算をしていくという勉強を推し進めています。その時に「ひっ算は使わないでときなさい!」などと言われ、日本のやり方で慣れている生徒たちは、むりやり別の計算方法を叩き込まれ困っている子供がたくさんいます。
とは言っても、Numeracy Project自体を否定するつもりはありませんし、むしろいいとは思うのですが、そこに時間をかけすぎるというのは考え物かと思います。というのも、四則演算は、算数・数学でいうと、ただの道具であり、計算をすることがゴールではないんです。
もっというと、数学では、計算は早く正確にできれば、どんな方法で解いたかなんて全然重要ではないんです。
目の前にある出来事・問題をどう数学的にとらえ、どう解決していくかを考えることのほうがよっぽど計算より重要なんですよね。
むしろ、計算が遅い人のほうが数学的センスが磨かれる場合もあります。
だって、計算をできるだけ避けて解く方法を選ぶセンスがついたりするので、最短距離で物事を解決できる目が養われたりすることが多いんです。
ちなみに僕はそのうちの一人でした。


この2点を認識しながら生徒に数学を教えていると、割と「あぁ、ここ抜けているからこの子は数学ができないんだなぁ」とかすぐに分かって、その子に対して適切な指導をすることができたりします。

ということで、このブログではあまり触れることのなかった僕の仕事の専門分野の内容について、今日は少しだけ書いてみました。
英語圏に住んでいらっしゃる方、ぜひ、お子さんの数学教育の参考にしていただければと思います。
また、英語圏にお住まいで、ご自身のお子さんの数学教育について困っている方がいらっしゃいましたら、できる限りではありますがアドバイスしますので、メッセージください。

では。


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集中力の種類。

カテゴリ:勉強

08/07

十人十色。
先生という職業をしていると、この意味がよくわかる。

運動会だけ活躍できる生徒、勉強は全くしないけど、掃除や給食当番は必ずしっかりやる生徒、勉強はできるけど、ほかのことは何にもできない生徒、すごく頭の切れはいいのに、テストの結果にそれが現れない生徒。
いろんな生徒がいる。
たまに、スポーツも勉強も万能な生徒がいるけど、その子たちに聞いてみると「英語は得意だけど、数学はいまいちです。」と答えてきたりする。全てで100点が取れる生徒であってもです。できる生徒ならではの答え。自分のことがよく分析できていて、確かに、ハイレベルな高校に入ったときに、その子の分析通り、得意な部分は伸び、不得意な部分は平均ぐらいになる。

それが世の中の仕組みで、当たり前っちゃ当たり前の事実なんですが、これに最近もうひと段階深い現象が隠れているんではないかと感じるんです。

最近、夜になると、嫁が長女を寝かしつけている間、僕が寝ぐす気味の0歳の娘を抱きながらあやします。
僕は、いつも赤ちゃんを抱くと顔をいじったり、足をくすぐったりと、何かとちょっかいを出したくなってしまうので、娘が眠そうな時は、抱きながらYOUTUBEのビデオを見て、自分の注意が娘に行かないようにしているんです(笑)
でも、その動画は、自分がはまるものでないとならない。
じゃないと、赤ちゃんの方が可愛くて、無意識にちょっかいを出してしまう。

ということで、最近はまっている動画は「マス北野」。
数学的に内容が非常に面白いし、武さん、結構数学わかっていてびっくり。
あれだけいろいろな方面に長けた力を持っている人が、数学好きだってことが、僕にとってはなんかすごくうれしいです。

まぁそれは置いておいて、出てくる問題が、どれも興味深く、すぐにでも紙とペンを持って解きにかかりたい問題ばかり。
で、それを楽しそうに解いているゲストたち。
最近、僕は、それを見ながら、娘を左腕に抱きながら、いつもペンと紙を用意して、右手で数学を解いています。
ワクワクして仕方ないんですよね。

でもね、英語の勉強ではこうはならないんです。

これって、個性とかだとは思うのですが、僕の数学への集中力が英語に出てくれれば、きっとあっという間にIELTSなんてクリアできてしまうんだろうなぁ・・・なんて思ったりするんです。

そこで考えるのが、興味が出るスイッチって何だろう?と言うこと。
そのスイッチは、持続的にONとOFFを切り替えられるものでないとならない。
ずっとONである必要がないが、スイッチが入ったら集中して取り組めてしまう、そんなスイッチはどうやって作ることができるのだろうか?

まずは面白いと思うことだと思うのですが、でもただのちょっとした面白さだけでは、継続はできない。
のめりこまないとだめだってことになる。
でも、何事にものめりこむに至るまでには集中力が必要。
つまり、持続的に利用可能な心のスイッチの鍵は「集中力」にある気がするんです。

「集中力」

普通、集中力って言ったら、ある一つの力を想像しますよね。
「勉強に使う集中力も、スポーツに使う集中力も、おんなじ集中力だ!だから、できるやつは何でもできる、できないやつは何もできないんだ」と、昔格闘技を習っていた時の先輩が言っていました。
僕もそうだと思っていましたが・・・どうやら実は集中力には種類があるっぽいんですよね。


スポーツが得意な生徒は、スポーツをしているときに、かなり集中して取り組むんです。でも、数学をやっているときはだらけたりします。
勉強ができる生徒は、勉強となると、すごく貪欲に知りたがったりします、でも体育の授業だと、必死にボールを追いかけたりしなかったりします。
ある掃除や給食当番をしっかりやる生徒は、活動中、集中してコツコツと作業を行います、しかし、授業中はほとんど寝ていました(笑)

数学と運動に使う集中力は、僕の中で似ている気がしますが、英語や歴史を学ぶときの集中力は、数学のそれとは全く違うものとして認識されます。

集中力には種類がある。

ということは、今学ぶべきものに対して、適切な集中力の身に付け方を最初に学ぶ必要があるということなのではないかと。

ここで自分の英語にこの理論を当てはめて考える。
細かく分けると、スピーキング、リスニング、リーディング、ライティング、それぞれに使う集中力が違う気がするんですよね。
だから、伸びがまばらなのかなと。
ここのところ、僕のスピーキングとリスニングは凄く伸びているけど、そこまでリーディングに反映されてはいない。
ライティングなんて、英語をほとんど書かないから、悪化している可能性すらある。

過去にIELTSのテストを受けた時、日本語の本を読んでいるとき、英語のReadingの結果がすごく良かった。
それは、読むときには、日本語でも英語でも、集中力という意味では、同じものを使っているんではないかと思うんです。
それを考えると、日本語の本をしっかり読むことも、僕にとっては有効な手立てなのかなぁって、思ったりするんですよね。

書くことに考えてみても、ブログをこうして書いていることも、決して無駄ではないと思うんです。
構成を考えながら、添削を自分で繰り返しながら書いていく作業は、英語でも日本語でも同じですから。
もちろん、日本語だけを書いていると、英語の表現が学べなかったりするので、日本語を使って学習することに限界はありますが。

やはりこの原理から言えば、WritingとReadingに使う技術も集中力も違うので、やはりReadingはReading、Writingはwritingでトレーニングを続けて行った方がいいという結論にたどり着きますね。

読むときの、そして書くときの集中力の付け方をもう少し研究して見ようと思います。
絶対に突破できる鍵がそこにある気がするんですよね。

もし、これを読んでいる方で、集中力の種類について少しでもご存知の知識がありましたら、ぜひ私に教えてください。
コメントでもメールでも構わないので、ぜひ教えていただけたらと思います。

よろしくお願いします!


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05/29

先日スーパーでいくらが売っていたので、漬けて食べました。
すっげ―おいしかったけど、ちょっと味濃くしすぎていて、ちょっとモタレマシタ・・・。

いくら



英語で数学を教えることは、そんなに難しくない。
ただ単語を覚えて行けば、原理は知っているので。
そして、単語を覚えるコツって「使う」ことなんですよね。
だから、実際に教えるときに使っているので、自然に覚えてしまうんです。

ただねぇ、僕はこれだけでは満足できない。
日本語と同じレベルまでとは言わなくとも、人に説得力のある話をするためには、まだまだ英語力が足りない。

先日、震災のことを日本語の授業で話した。
こればっかりは、あの当時に日本であの震災を経験した人間にしか伝えられないことだと思って。
しかし、自分のスピーチに一生懸命になりすぎて、聞いていない生徒をとらえることができなかった。

日本語で話しているときは、生徒の様子を真剣に見ながら、聞いていなかったら指摘して、聞く耳を持たせる作業をするのですが、今回は英語なので、そこまで考えてしゃべることができていなかった。
もしかしたら、これを伝えたことで、その子の命、その子の家族の命が救われる状況が近い将来来ることも考えられる。
やはり、英語でしゃべっているときとはいえ、生徒の注意を引きながらしゃべれているかどうかは、確認できなければなりませんね。

次に気付いたのは、やはりスピーチをする際は、原稿を書いた方が、僕の英語力の向上につながると思ったこと。
もう、ぶっつけでもだいたい伝えなければならないことは伝えられるが、やはり前もって準備しておけば「これを表現したいときは、どんな単語が使えるの?」とか「大陸プレートが重なってる線のことをfault lineっていうのか!」とか、そういうのがわかってくる。
一番大事なスピーチは来週に控えているので、嫁さんだけでなく、いつもランニングで一緒に走っている、翻訳通訳の達人たちにもアドバイスを得ながら、少しずつスピーチを書いています。

何とか、生徒たちに伝えることができれば。
それに付随して、僕の英語力が上がれば(笑)
で、そのあとのIELTSで合格点が取れれば(苦笑)


ってな感じで、これでブログはおしまいにして、これからまたスピーチの現行づくりにとりかかろう思います。








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計算機。

カテゴリ:勉強

05/19

NZの高校では、数学の授業で計算機を使います。
僕の生徒の中には「連立方程式を計算機で解く方法がわからなくて困っている」という生徒も。
僕に計算機なしで解く方法をしっかり教わっているので、紙とペンでは計算できるのだが、計算機ではできない。

確かに、僕らはパソコンを使うようになってから、字が書けなくなった。
特に漢字。
しかし、パソコンを使うようになって、一般の人がより美しい文章を書くようになったと僕は思う。
昔のように、全部消しゴムで消さなくても、コピーアンドペーストでストレスなしに文が書けるし、インターネットで正しい文法をチェックできるし、何しろ人目に付く場に文をアップすることで、いい加減なものは書けなくなった。

僕も、一応は、書く内容の順番や、表現方法は考えながらブログを書いている(ホント?笑)


テクノロジーの進歩に連れて、計算機を多用するのも、一つの流れなのかもしれない。
しかし、一桁の四則演算を計算機に頼る生徒が多く出てきてしまうのは、さすがに首をひねらざるを得ない。


この前ホリデーの時に、嫁の実家に帰った時の話。
義父さんと数学について話をしていたら、計算機の話になった。
義父さんも、あまり計算機の導入についてはよく思っていないらしい。

そこで、ふと疑問に思い聞いてみた。

「お父さんの時代は、すでに数学の授業に計算機は導入されてたの?」と。

そしたら


「僕が学生の頃は、計算機自体がなかったんだ。僕はそのぐらい年を取ってるんだよ。ははっ。」と。(笑)


あまりに元気だから、年齢を気にしないで話していたが、彼は今年82歳。
彼のように僕も元気で楽しく人生を生きられるよう、健康であり続けよう。


それではみなさん!いい一日を!


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