201609の記事一覧

09/26

最近日本の大学を受験する生徒を指導しているので、日本の大学受験数学についてかなり復習している。
とは言っても、半分以上趣味の世界(笑)
やっていると、わくわくしてしまって、ずっと止まらず数学をやり続けてしまう。

ここで今自分の生徒が学んでいる微分積分がどれだけ世の中の仕組みを知るのに重要なのかという点に注目したいと思う。

正直、微分積分を世の中に出て実際に使っている人はごくわずかだと思う。
というか、ほとんどの人は微分積分を学んだところで仕事の役に立たない。
でも、微分積分というのは、人間の思考回路の発達を促す絶好の手段だと自分は思う。

数学が苦手な人のためにも書いているので、詳しいところは割愛しますが、簡単な説明だけしようと思う。

微分というのは、大雑把に言うと、式の次数(Xの上についている小さい数字。「Xの2乗」であれば、次数は2です。)を一つ下げる作業。
積分というのは、式の時数を一つ上げる作業。

つまり、微分の作業の逆が積分になる。
ただ、言ってみれば、人間が勝手にそれを微分積分と名付けているだけで、本質的な作業は一緒なんだよね。
ここでポイントになるのは、次数を下げる微分の計算のほうが、次数を上げる積分よりも、人間の脳にとって考えやすい。
だったら、微分の計算を先にたくさんやって、その逆の作業の積分を学ぶと学びやすい。

これが微分積分の学習の流れです。

微分の学習を終え、初めて積分を習う生徒が、目の前にある式を(例えば3x^2+2x+1)を積分せよ、と言われたら。
①今まで習った微分の逆だから、微分したらこの式になるようにすればいいんだ。
②微分は、次数をあるルールの下に下げていったんだから、そのルールをさかのぼって考えればいい。

という頭の中の回路になる。

結果的に、今ある姿をもとにして、本来ある姿に戻すために、微分の巻き戻しをイメージして計算を進めていく。

この「逆戻し」が、人間の思考能力の向上に役に立つんですよね。
目の前にあるなんともない風景があったとしても、そのなんともない風景は、過去にどんな姿で、どんな経緯でそんな風景になったのだろうか。
そんなことを考える力が育つ。

ここでいう逆戻しについては、小学校の掛け算を習った後の割り算や、足し算を利用して引き算を考えるなど、基本的な四則演算でも使うことができる。
しかし、その程度複雑さの逆戻しには、そこまでのインパクトはない。
実生活に十分に利用されるような逆戻し力はここでは身につきにくい気がします。

数学で逆戻し力を必要とするのが、中学3年生から学び始める展開と因数分解。
展開を多く学び、展開の逆戻しである因数分解へとつなげる。

「逆戻し力」

逆戻しをしやすいように、今目の前にある式を変形する。
そんな作業も入ってくるので、単純なようで、割と複雑です。
ただ、その作業も、単純に逆戻しをさせるための布石なんですけどね。

あ、そうそう、数学=複雑という固定概念をもった人が多いことに最近気づいたので、その印象を変えるために次回は、数学における「単純と複雑」について説明しようと思います。

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09/24

最近、毎日仕事をしていて今まで自分が知らなかった法則に気づきました。
そこに条件を立てながら「ハンバーグの定理」とその法則を名づけ、その定理について解説しようと思います。

私の辞書の中での男の定義は「死ぬまでサルである人間」です。
決して男性を愚弄しているわけでも、サルを愚弄しているわけでもない。
ただ単に、男はいろんな意味で単純で、その単純さは生涯不変なものである、ということ。

ちなみにハンバーグの定義なのですが、ネットで検索すると
「挽肉とみじん切りにした野菜にパン粉を混ぜ、塩を加えて肉の粘性を出し、卵を繋ぎとしてフライパン(場合によってはオーブンなどを併用)で加熱して焼き固めたもの」
とあります。

では、ここで僕が発見した「ハンバーグの定理」の発見に至った経緯を説明します。


僕のお昼ご飯は大体晩御飯の残り物です。
午前中忙しく仕事した後に、職員室の冷蔵庫を開けるころには、その前の晩御飯が何だったか忘れてしまったりしていること、よくあるんですね。
午前中の仕事を終えて、冷蔵庫を開けて、自分のランチを取り出す。
とりあえず、前の晩がどんな夕飯だったであろうと僕は基本的にランチをレンジで1分20秒温めている。
忙しく働いた後は、いろいろ考えるのが嫌なので、いつも通りのおんなじことをします。
暖めたはいいけど、昨日の晩飯何だったかなぁ・・・と蓋を開けたところ、その日の弁当箱の中はハンバーグでした!
そして、このお弁当の中身を見たときに、自分の疲れが一気に吹っ飛んでしまったことに気づきました。
なんというか、ものすごくテンションがあがるというか、うれしいわくわくした気持ちになるというか・・・。

しかし、なんでこんなに単純なことに、ものすごい幸せを感じてしまうのか。

これはやはり、ハンバーグが、我々単細胞男子の永遠のヒーローだからではないだろうか。

僕はラーメンもカレーも大好きで、夕飯がそれらだとわかると、すごく気持ちが高揚します。
唐揚げもそれに近いです。
しかし、弁当の中のハンバーグの存在は、それらにも勝りますね。
弁当の中限定ですが、その中ではトップです。
えぇ、メッシやイチローも、サッカーや野球に限ってはトップなのと同じように、そして彼らがその他の分野ではトップでないように、ハンバーグも弁当の中ではトップ、そのほかの土俵ではトップにはなれません。

ハンバーグの定理。
昼ごはんのお弁当の中に以下の具が入っていると、男子の気持ちは上を向く。
なお、この不等式でその男子の気持ちに注がれるパワーの大きさの関係が表される。

(平均的な弁当<) カレー<唐揚げ<ハンバーグ

注意点
・男子が弁当箱を開けるときのみ、この定理は成り立つ。
・キャラ弁はそのキャラによって気持ちが変わってしまうのと、弁当を開けたときに、形が変わってしまうことがある。
そのことから、ここではキャラ弁に入っているものをここで言う弁当の具とは定義しないしない。



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09/22

NZの高校生で、大学等に入学したい人には、大学の入学資格を得るためにクレジットというものが必要です。
そのクレジットは、NCEAと呼ばれる試験をクリアするともらえます。
僕も、プライベートで数学を教えながらNCEAの対策を練ったりしているのですが、数学に出てくる英語って、やっぱり独特で難しい。
さすがに僕は数学ばっかりやっているので、文章が多少わからなくても、問われていることは数式やポイントになる用語さえわかってしまえば解けてしまうんですが、生徒にその状態で教えるわけにはいかないので、一生懸命英文を読み解いてから生徒に教えます。
その英文読解が、自分の読解力向上に割と役に立っているなぁって最近思うんです。

最近は、もっぱらIELTSの参考書と、このかた→英語達人への道のブログよ読んで英語を勉強しているのですが

数学に関する英語を学ぶときは、僕はなぜか積極的になれるんです。
昨日、perpendicularという単語が現地校の授業に出てきて、全くその単語の意味を知らなかったので、完全に泡食ったのですが、その後その単語について先生方に聞きまくって覚えてしまいました。
垂直に交わっている直線の位置関係のことらしいです。

興味のあるものに対しては、やはり脳は自然に働くものですね。
すぐに覚えてしまいましたよ。

そんな時にこんな記事を読みました。
NZ Herald Focus host Tristram Clayton attempts the NCEA maths exam that left students in tears

今回行われた高校1年生のNCEAの数学が難しすぎるという話題です。
テストが難しすぎてニュースになるってのは、すごいなぁって思いましたよ。
確かに、僕が受験を意識しているときは「今年のセンター試験はすごく難しかった!」とか、予備校の先生が問題の質が悪いってクレームをつけたりしてたことはありましたが・・・。
このニュースのように、実際ニュースキャスターの人が解いて見せるって言うのがKIWIっぽくていいですね(笑)
しかも、2問は正解してたよって最後に言われるあたりも(笑)

ちなみに、僕も解いてみたのですが、僕はNZの数学に関していうと、まだビギナーなので、昨年度より今年度のほうがはるかに難しい、という気持ちがよく分からない、というのが本音ですかね。
特に難易度が異常に高いとは思わないですし、たぶん補習校に通っていた生徒で、数学が得意な生徒はみんな難なくクリアするだろうなぁって思いながら解いていました。

でも、僕思うんです。
ここで「今年の問題が難しすぎるよ!」と先生方が叫ぶよりも、NZの数学教育全体の見直しをしたほうがいいと。
NZの数学は、NCEAのレベルになると、数学としての質がぐっと上がり、数学としての学問としては面白くなるんです。
でも、その半面、内容は難しくなります。
それまでのステップがのんびり過ぎるところから、本物の数学に一気に加速するので、学ぶ側としてはたまりません。
(まるでlogのグラフのように)ある一定のところから異常なほど難易度が急激に上がるんです。
そこでみんな挫折してしまうわけですよね。
日本でも、高校2年生から急に難しくなるような気はしますが、NZの数学のそれと比べると優しいものです。

僕の感じたNZの数学教育の問題点を2つここに書いておこうと思います。
結構な辛口で書きます。
きっと賛否はあると思いますが、これは僕が日本とNZ、そして補習校での数学教育を経験してきた中で感じたことで、それを包み隠さず書いてみようと思います。
NZで子育てをしている人は、ぜひ参考にしてください。

①国が立てているカリキュラムが、明確でないこと、また、成長段階に見合ったカリキュラムではない。
ナショナルスタンダードというものがどの教科にも存在して、それに対して生徒がそれを満たしているかどうかが成績をつける基準になるのですが、その枠組みがふわっとしているのと、具体的に成長段階に見合った「こういう問題を解けるようにしてね」という明確な注文がないこと。もしかしたら、僕が知らないだけで、そういったものがあるのかもしれないけど、少なくとも先生方はそれを把握していない。もっというと、そのあたりの先生方の評価に対する感覚が一人ひとり違ったりします。

日本でいえば「あぁ、分数ね、これなら○年生からはじまりますよ。これに関しては、大体これだけの練習をすれば大体の子が習得できます」とか、小学校の先生だったら誰でも知ってます。
そういった共通した判断基準がNZではあいまいであることで、生徒自身が「俺、この年なら九九ぐらいできてないとやべぇなぁ。」って認識することすらできないままズルズル学年が上がっていってしまうんです。
また、成長段階に見合った数学の難易度を提供できていない現状から、できる子はつまらない復習を強いられ、できない子には「またおんなじことやんのかよ」という印象を与える。先生方はグループ学習で一生懸命対応していますが、現状機能していません。
これに関して、僕は先生が悪いとは思いません。僕の働いている現地の先生も、日本の先生と同じように、みんな一生懸命取り組んでいます。彼ら彼女らの仕事に対する姿勢に問題はないと僕は思っています。
要は数学教育のシステム自体に大きな欠陥があると思っています。



②数の計算の方法に凝りすぎ。
NZには、Numeracy Projectというものがあり、四則演算をいろんな角度で見て、効率よく計算をしていくという勉強を推し進めています。その時に「ひっ算は使わないでときなさい!」などと言われ、日本のやり方で慣れている生徒たちは、むりやり別の計算方法を叩き込まれ困っている子供がたくさんいます。
とは言っても、Numeracy Project自体を否定するつもりはありませんし、むしろいいとは思うのですが、そこに時間をかけすぎるというのは考え物かと思います。というのも、四則演算は、算数・数学でいうと、ただの道具であり、計算をすることがゴールではないんです。
もっというと、数学では、計算は早く正確にできれば、どんな方法で解いたかなんて全然重要ではないんです。
目の前にある出来事・問題をどう数学的にとらえ、どう解決していくかを考えることのほうがよっぽど計算より重要なんですよね。
むしろ、計算が遅い人のほうが数学的センスが磨かれる場合もあります。
だって、計算をできるだけ避けて解く方法を選ぶセンスがついたりするので、最短距離で物事を解決できる目が養われたりすることが多いんです。
ちなみに僕はそのうちの一人でした。


この2点を認識しながら生徒に数学を教えていると、割と「あぁ、ここ抜けているからこの子は数学ができないんだなぁ」とかすぐに分かって、その子に対して適切な指導をすることができたりします。

ということで、このブログではあまり触れることのなかった僕の仕事の専門分野の内容について、今日は少しだけ書いてみました。
英語圏に住んでいらっしゃる方、ぜひ、お子さんの数学教育の参考にしていただければと思います。
また、英語圏にお住まいで、ご自身のお子さんの数学教育について困っている方がいらっしゃいましたら、できる限りではありますがアドバイスしますので、メッセージください。

では。


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09/02

最初に、前回のブログに書いたホリデープログラムなのですが、奥様のお許しがまだ出ていないので、頓挫しております。
様子を見ながら、やりそうであれば、連絡していただいた方々に、直接メール等で報告したいと思っています。

ーーーーーーここからが本文ですーーーーーーー

今日、スピーチコンテストがうちの学校で行われていた。

人種差別やプラス思考の大切さや、がんに立ち向かう人への支援など、小中学生とは思えないほどしっかりした内容でした。

実に多種多様というか、日本ではなかなか聞くことのできない内容のスピーチで、正直圧倒されました。
でも逆に、日本だからこそできるすごいこともたくさんあった。
運動会での団結であったり、部活動での切磋琢磨であったり、定期試験で頑張る制度だったり。

NZでも、日本でも、人間は同じ人間。
でも、環境によって人間の生き方は変わってきたりする。
高機能自閉症やアスペルガーといった何らかのハンディーキャップを持った子供のストレスが、NZの方が少ないのではないかと思う。
社会全体で家族の時間を大事にする仕組みになっているので、社会で順応できないストレスを負う時間が必要以上に長くなることがない。
ストレスがない分、そういった能力の高い子供たちの本来の力が埋もれにくい仕組みになっているような気がするんです。

もちろんよい点悪い点があるわけで、その国の特徴がそこにあらわれたりする。

ここで、タイトルに話題を近づけようと思います。
僕はNZに住み、4年半かけて、やっと現地の学校の先生になれるほどの英語力が付いた。
そこで、NZの現場で働き、たくさんのことを学んだ。
自分の目から見て、NZの教育も「こうしたらきっと飛躍的な改善ができるだろうなぁ」と思う点はいくつかある。
逆に「日本もこうするといいかもしれないなぁ」と思う点もいくつかある。

自分はとても本当に幸せなことに、NZで教員になりたいという自分のわがままを許してくれている嫁さんがいて、僕が英語を学んでいるときは、フルタイムで嫁さんが働き、僕は英会話学校に通うことができた。
これは、大きな投資でした。
将来に帰ってくるお金ではなく、自分がやりたいことをやるための投資。
まだ、英語の試験をちゃんとクリアできずに、今でも先生にはなり切れていませんが「私はあなたがNZの学校の先生になれないなんて、一瞬でも疑ったことはない。私はあなたの目標が達成されるまで、絶対あきらめないし、絶対信じ続ける。」と今でも背中を押してくれています。

正直言って、僕には言語的なセンス、特に読むことに関するセンスが人よりも劣ります。
だから、人の倍やっても、人の半分ぐらいしか伸びないんです。
とすると、きっとほかの日本人の先生とかが僕と同じ環境にいたら、きっともっと早く学校の先生になれるぐらいの語学力が付くんじゃないかと思うんです。
しかし、仮に3年ぐらいで今の僕と同じぐらいに英語が扱えるようになったとしても、海外で生活し、英会話学校とかに通い、現地の学校で働けるようになるまでは、すごく時間とお金がかかるんですよね。

でもですよ、これって今の世の中に必要な投資なんじゃないかと思うんです。
日本で教員をやっていた人間が、海外に住み着き、現地の言語や文化を学び、最終的には、現地の学校に入って仕事をし、日本の教育システムのよい点を現地に還元し、また勤務して数年したら日本に戻り、海外で得たよい点を日本の教育に還元するような、そんなシステムがあったら、かなり世界全体の教育水準が上がるんじゃないかと思うんですよね。

日本人の先生はNZだけでなく、どこの英語圏にもいますが、日本で何年も教員として仕事をした経験があって、さらに違う国でも教員になっている人というのは、かなり数が限られるんじゃないかと思うんですよね。
ここでも、南アフリカ出身の先生や、アメリカ出身の先生がいますが、英語圏じゃないところから来た先生で、もともと母国の教員だった先生はいないんです。

文化が似通っていれば共通する部分も多くなる、逆に、日本と英語圏のように、文化が違う国の教育を両方知っている人間というのは、自分で言うのもなんですが、かなり貴重だと思うんです。

ということで、将来的には「海外で活躍する日本の教員の育成」をテーマに、組織づくりをしようとぼんやり頭の中で考えています。
遠すぎない将来に、これを実現するために、今からコネつくったり情報を集めたり、そして自分自身の力量も向上させていこうと思います。
まぁ、まずは、正規の先生になることが第一ですね。
さ、明日から、いや、今日からまた頑張ろう!


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