01/09

ふと覚書のように、ブログに記しておきたくなったので、書こうと思う。

去年姉を亡くしてから、今日でちょうど4か月が経った。
日に日に悲しさからくる辛さが薄れていくのと同時に、妙な感覚を覚える。
悲しさの代わりに得ているもののような感じ。

これが「つながっている」という感覚なんです。

姉と繋がっている気がする、と言えば簡単に理解できるかもしれないのですが、もっと言うと、世の中は生きている人、亡くなった人、動物も植物も、全部つながっているんじゃないか?っていう感覚があるんです。

日本から帰国して、1週間ぐらいたった後、娘の保育園に行った。
その時に、長女がその保育園にいたときに、面倒を見てくれたインド人の先生がいた。
その先生は、出産したばかりで、産休中。
たまたまあいさつしに来たところで出会えた。

実はそのインド人の先生、娘が最初にいた保育園で、一番人気のあった先生でした。しかも、長女の担当の先生だった。
その先生がホリデーでいなかったときに、園でトラブルが発生し信頼を失い、園を変えることになったのだが、僕らはその先生が好きだった。
そして、その先生も実はその後すぐにそこを辞めて、今の保育園に職場を変え、娘と再会を果たしたのです。
すごい偶然。娘と二人で喜んでいたのを思い出します。

その先生とちょっと立ち話をした。
どうやら僕の姉のことを、ほかの先生方から聞いていたようで、僕を慰めてくれました。
「私も姉弟を失ったことがあるからわかる。こればっかりは、想像だにしなかったことだから、本当につらい。でもね、私は強く信じてるの。そこらへんにまだいるんだって。私たちが見えていないだけなんだって。」と。

インドって、僕らと全く違った環境で、そこで育った人もそういったように感じるんだなぁって思った記憶がある。

「量子力学においては、この世のすべては反応であり、宇宙の端っこでAという反応が起きたら、それと同時にそれに対応したBという反応が宇宙の逆の端っこでも起きることになる」という講義を、頭を混乱させながらネットで聞いた。
僕らの人生も、地球で起こることも全部つながっているんだよね。
数学でいう関数みたいなもんだね。

人間がごみを変なところに捨てれば、環境は破壊され、しっぺ返しを食らう。
つながっていると考えれば、ごみを捨てる前に気づいただろうにね。

僕が今、環境に悪いこと、もしくは社会にとって良くないことをすれば、それは巡り巡って誰かのもとに悪影響として現れる。
よいことをすれば、巡り巡ってよい影響を与える。
それが、自分の家族にかもしれない、生徒にかもしれない。
そう考えると、今までよりもずっと、自分の行いに気を使わなければならないと感じる。

数学は世界共通のツールである。
お金は、世界どこでも価値を共有できるツールである。
インターネットは、世の中の端っこと端っこをつなぐことができるツールである。

先人は船を使って命の危険を冒しても海を渡り、世界をつなげた。
今では飛行機で一般人も行き来できる世の中になっている。

どうも「全人類がつながる=人類の進化」というコンセプトが、人間が技術を進歩させている裏にある気がするんですよね。

翻訳者の嫁さんがいたり、数学の先生として数学を教えたり学んだりしていたり。
自分はそのつながりをもっと広げる、もっと強くする役割を担っているのかなぁって思ったりする。

自分が最近、環境問題とか、お金の流れ方とかに興味を持っているのも、そういった「つながっている」という感覚の分析をしたいからなんですよね。この感覚を大事にすると、何かたくさん面白い発見ができそうな気がするんですよね・・・そう姉が教えてくれている気がします。

しんみりとした日記もたまにはいいじゃないねぇ、おねぇちゃん。


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